1961〜1969

1961〜1969 パプリカと世相

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1961(昭和36年)

PINK.jpg昭和36年パブリカデビュー ワングレードのみの38万9000円  8187台製造 ソ連が有人宇宙衛星打ち上げ
冷戦時代の象徴は宇宙ロケット打ち上げ合戦。ソ連が一歩リード。宇宙飛行士第一号となったガガーリン少佐の名言は「地球は青かった」。テレビでは「シャボン玉ホリデー」スタート。ハナ肇とクレイジーキャッツ、ザ・ピーナッツが大活躍する音楽バラエティー。NHKでは「夢であいましょう」もスタート。「上を向いて歩こう」の大ヒットを生んだ。他に流行った曲は「君恋し」「コーヒールンバ」「銀座の恋の物語」。流行った映画は「名もなく貧しく美しく」「用心棒」「モスラ」「ウエストサイド物語」。CMにはアンクルトリスが登場。流行語は「現代っ子」。大鵬が横綱にったのも1961年。男の子は漫画「ちかいの魔球」や「伊賀の影丸」読んでメンコに夢中。女の子は「巨人・大鵬・卵焼き」の1961年。


1962(昭和37年)

CUTMODEL.jpg5月バン(UP16-V)追加 10月トヨグライド追加 33,987台製造歌謡界にカバーブーム到来!
テレビ「ヒットパレード」から「かわいいベイビー」「ルイジアナママ」「バケイション」などアメリカンポップスの日本語詞カバーが続々ヒット。映画界では吉永小百合主演の「キューポラのある街」、植木等主演「日本無責任時代」がヒット。17歳の吉永小百合は歌手としても「いつでも夢を」がレコード大賞受賞。堀江健一がヨットで単独太平洋横断。「スカッとさわやか」のコマソンでコカコーラ・ブーム。人気のテレビは「コンバット」と「てなもんや三度笠」。世界的にはキューバ危機が勃発して冷戦の新局面に突入したのも1962年。.


1963(昭和38年)

CONV700.jpg63年7月デラックス追加  10月コンバーティブル追加 61,931台製造テレビアニメ続々登場!
ケネディ大統領が暗殺され、力道山が刺殺されてしまったのが1963年。この年の日本はアニメ元年。「鉄腕アトム」「鉄人28号」「8マン」「狼少年ケン」などそれまでの実写モノでは味わえなかったポップな世界がブラウン管に登場。男の子はボクシングの海老原博幸に興奮、女の子はマーブルチョコレート片手に続々と創刊した漫画雑誌「週間少女フレンド」「週間マーガレット」に夢中。流行語は傘メーカーの「なんであるアイデアル」。ソ連では女性宇宙飛行士テレシコワさんが「私はカモメ」の名言を残した。映画界では「アラビアのロレンス」「大脱走」と名作がヒット。


1964(昭和39年)

TRUCK700.jpg2月パブリカトラック追加  バンデラックス追加 9月全車種マイナーチェンジで32psにパワーアップ 93,054台製造東京オリンピック開催
アジア初のオリンピックとなった東京オリンピックが10月開催。東洋の魔女(日本女子バレー)、アントンヘーシング(柔道)、チャスラフスカ(体操)、そして裸足の者マラソンのアベベなどの大活躍で、テレビ受像器の普及率は91.2%を達成。ただし白黒テレビ。カラーテレビはまだまだ高級品。五輪にあわせて東海道新幹線が開通。佐藤栄作内閣成立。王選手が本塁打55本の記録樹立。子供たちはワッペンと「オバケのきQ太郎」と「サイボーグ009」と「ひょっこりひょうたん島」に夢中。若者はビートルズを聴いて「平凡パンチ」を読んでみゆき通りを闊歩。大人はテレビ小説「うず潮」をみて、映画「愛と死を見つめて」で号泣、「夜明けのうた」や「お座敷小唄」や「アンコ椿は恋の花」を歌っていた1964年 。.


1965(昭和40年)

SPORTS800.jpg2月末スポーツ800デビュー 100,433台製造 エレキブーム到来!
ベンチャーズ来日もあって日本全国エレキギターブーム。大人気のビートルズと共に若者の心をキャッチ。少年漫画を読んでモンキーダンスを踊る若者に大人が渋い顔をする一方で、テレビでは「11PM」が続々スタート。美空ひばりが「柔」でレコード大賞受賞。流行ったのは「ごめんねジロー」「夢見るシャンソン人形」「涙の連絡船」。映画「007ゴールドフィンガー」、テレビ「0011ナポレオンソロ」とスパイブーム。ファイティング原田が二階級制覇。巨人のV9時代がスタートしたのも1965年。ベトナム戦争が激化。


1966(昭和41年)

SUPER.jpg66年4月エンジンは800CCに UP20登場 10月スーパー、スペシャル追加  年間販売台数最高記録の105,830台製造グループサウンズが大人気!
子供が「ウルトラマン」と「トッポジージョ」にはまりまくっていた1966年。若者がはまったのはグループサウンズ、いわゆるGS。スパイダース「夕陽が泣いている」をはじめにヒット続々。彼らのミリタリールックも流行。ファッションはピーコック革命。女性はミニスカート、男性はモッズルック。何しろビートルズ来日。テレビでは「奥様は魔女」に「魔法使いサリー」。そんな光景に三波伸介が「びっくりしたなぁもう」と流行語発生。三浦綾子「氷点」がベストセラーになって、テレビでは「笑点」スタート。少年マガジンで「巨人の星」の連載が始まったのもこの年。.


1967(昭和42年)

VANSTANDARD.jpgカローラ発売の年 87,551台製造 アングラ&ヒッピー発生!
長髪、ジーンズ、ミニスカート、ブーツといったファッションを身にまとったアングラ族、フーテン族、ヒッピー族などが発生。若者文化が時代の芯になる時代が到来。ラジオでは「オールナイトニッポン」、テレビでは「ビート・ポップス」、演劇界では状況劇場、天井桟敷などアングラテント芝居。カレッジフォークもブーム。森山良子「この広い野原いっぱい」、フォーククルセダース「帰ってきたヨッパライ」もヒット。他にヒットしたのは「小指の想い出」「星影のワルツ」「花は遅かった」「君こそわが命」「真っ赤な太陽」、そして荒木一郎「愛しのマックス」。ボウリングも大ブーム。東京に初の革新都政が誕生して、日本の人口が1億人を突破した1967年。


1968(昭和43年)

PANELVAN.jpg2U-Cエンジンに変更 フロアシフト追加 33,380台製造サイケデリック旋風上陸
川端康成がノーベル文学賞を受賞、3億円事件が発生。マラソンの円谷幸吉が自殺した1968年。子供たちの話題の中心はアニメ「巨人の星」、まんが「ハレンチ学園」にローラーゲーム。好きな歌手はオックスとピンキーとキラーズ。そして若者を襲ったのはサイケデリックブーム。ボディペインティングにレインボーカラーのファッション。CMにはイエイエ・ガール。、平凡パンチでは横尾忠則がサイケ調のイラストで大人気。映画は「俺たちに明日はない」に代表されるアメリカンニューシネマ時代。いしだあゆみが「ブルーライトヨコハマ」を歌い、ラジカセが売り出され、石坂浩二が「痛快丸かじり」とCMでチョコバーをかじった年。


1969(昭和44年)

CONVERTIBLE.jpgパブリカUP20 生産終了 UP10/20の総出荷台数52万4353台 時代はモーレツからビューティフルへ アポロ11号月面に着陸!
人類は月に「偉大な一歩」を刻み、機動隊は東大安田講堂に突入、車寅次郎がスクリーンに登場して、東名高速が開通、時代は断絶の時代になっちゃった1969年。岡林信康を頂点にプロテストフォークの全盛期。アメリカではウッドストックフェスティバル。一方テレビでは「ゲバゲバ90分」『8時だよ全員集合」「コント55号!裏番組をぶっ飛ばせ!!」など過激にして斬新なお笑いバラエティが続々登場。「ゴルゴ13」連載開始、映画は「真夜中のカウボーイ」。由紀さおり「夜明けのスキャット」、カルメンマキ「時には母のない子のように」ヒット。子供は「サザエさん」「ムーミン」でなごんで「サインはV」「アタックNO.1」で燃えていた。やったぜベイビー。.


パブリカの時代

大げさに言ってしまえば60年代というのは20世紀で最も希望に満ちた幸せな10年間だったのではないだろうか。世の中の明日、自分たちの生活、青春や恋愛の行方、今は少しぐらい苦しくってもきっと良いことが待っていると無邪気なくらいに信じられた時代。50年代が敗戦の焼け野原から必死に立ち直る過程だったとしたら、誰もがようやく夢見ることができるようになったのが60年代だった。パブリカはそんな時代に必然のごとく登場し、大衆車として受け入れられていった。人々の夢を乗せて・・・

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